紬と絣の伝承館 宇治紬物語

織物を知る

真綿大島(まわたおおしま) 本場奄美大島紬

  • 紬
  • 木綿
真綿大島
産地
鹿児島県 奄美大島
特徴

奄美大島は養蚕の歴史があり、木綿布、芭蕉布を織っていたとされています。

江戸時代初期の大島紬は資料などから、真綿からつむいだ手紬糸を植物染料で染め、イザリ機で織った無地又は縞布であった物と考えられています。

真綿大島紬は、普通の大島紬ではなく「緯糸真綿大島紬藍下黒」と名付けられ、経糸(たていと)に大島紬の糸を使い、緯糸(よこいと)に真綿糸が使われています。

藍を下地に染め、その後泥染めを繰り返し行うため、深みのある色が生まれます。

用途
着尺地
変遷

奄美大島は7世紀頃、日本書紀に「阿痲弥から来朝があった」との記述があることから、7~8世紀半ばまで、遣唐使船の通路として重要な役割を果たしていた。やがて交易によりさまざまな技術や文化義伝わり、その中に大陸の染織技術である唐織(浮織)や紗などの高度な技術が伝えられてきました。

13世紀頃からは紬が織られていたと言われています。

1710年から真綿から手引きされた紬糸をテーチキの煎じ液で染め、泥田で染めたものをいざり機で織っていました。

そして、江戸時代の初期には大島紬の源流とも言うべきものが作られ、真綿から紡いだ手紬糸を植物染料で染め、地機で織る無地または縞柄で、絣柄はまだ無かったようです。

1609年には薩摩藩が、琉球王国と奄美大島の両島を支配。特に、物産類が豊富だった奄美大島は、薩摩藩直轄の地として管理されました。そして奄美大島で作られる紬が他では類を見ないほど高品質だったため、琉球紬と共に江戸幕府に献上されました。

そのため当時の奄美大島の紬は「琉球紬」として扱われ、記録は一切残っていないのです。これを境にして琉球と同様に、奄美大島にも厳しい税が課せられ、島民は圧政に苦しめられました。

宇治紬物語館ギャラリー

日本全国から集められた貴重な紬・絣織物の数々などを月替わりで展示しております。
実際に「見て」「手に取って」ご覧いただけます。

宇治紬物語館ギャラリー

全国の織物一覧

TOP