紬と絣の伝承館 宇治紬物語

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奄美花織(あまみはなおり)

  • 織
  • 木綿
奄美花織 安田謙志氏
安田謙志氏
産地
鹿児島県 奄美大島
特徴

15世紀初め、琉球は中国や南方貿易東南アジアとの交易の拠点になっていました。

その交易の中から中国より伝わった浮織の一種である花織の技術が読谷村長浜港に伝わり、按司(あじ)の座喜味城主、護佐丸によって家内工業化が図られたと言われています。

当時、奄美大島は1906年に薩摩の支配を受けるまでは、琉球王朝の領土であり、盛んに琉球本土との交易が盛んにおこなわれていました。

そうした中、奄美大島へもその技術が伝わり、織物を製織の途中で糸を組織から外すことで、浮織が生まれたと考えられています。奄美の古典織物の花織の文様は大島紬と同じく、精巧で緻密な柄模様でした。

用途
着尺地
変遷

自然に恵まれた奄美大島では古代より紬などの絹布のほかに、芭蕉布、木綿布、苧麻布などを日常の衣とした織物が織られてきました。

織物の組織を見ても、花織、平織、浮織、崎織、裂織などがあり、古くから多種多様な奄美大島は7世紀頃、日本書紀に「阿痲弥から来朝があった」との記述があることから、7~8世紀半ばまで、遣唐使船の通路として重要な役割を果たしていました。やがて交易によりさまざまな技術や文化義伝わり、その中に大陸の染織技術である唐織(浮織)である花織の高度な技術が伝えられました。

奄美大島では幕末までこの古代染織の技法が伝承され続けてきました。

明治以降には途絶えていましたが、奄美大島の染織家安田謙志氏により「幻の花織」が復元されました。

氏はこれにより公益財団法人・社会貢献支援財団より社会貢献者表彰を受賞されました。

技法

花織は、紋(もん)織物の一種であり、絹糸や綿糸を福木(ふくぎ)、車輪梅(しゃりんばい)、琉球藍などの植物染料を主に用いています。

模様を表すのには花綜絖(はなそうこう)を用いる「経浮(たてうき)花織」「緯浮(よこうき)花織」と「手(てぃ)花織」があります。

経浮花織・経浮花織は布幅の経糸方向又は緯糸方向に色糸を用いて模様を織りだします。

手花織は、手で色糸を縫い取るように模様を構成して織る技法です。

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