紬と絣の伝承館 宇治紬物語

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紅型(びんがた)

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紅型 城間栄順氏作
城間栄順氏作

紅型 玉那覇有公氏(人間国宝)作
玉那覇有公氏(人間国宝)作

紅型 知念積元氏作
知念積元氏作
産地
沖縄県那覇市 首里
特徴

紅型には型紙を使う型染めと、糊を筒状の袋に入れて使う筒描きがあります。

型紙を使う場合は主に衣装を作るのにもちいられますが、筒描きはうちくい(ふろしき)や垂れ幕など大きなものを染めるときに使われる場合が多いです。

特徴は、沖縄の染織は島に自生する染料を用いるのに対して、紅型は顔料が使われることです。

顔料は染料とは違い鉱物性で、重みのある色彩が生まれ、あたたかさと力強さを感じます。

さらに、デザイン、型彫り、染めまでをひとりの人またはひとつの工房内で一貫しておこなっているため、使用する道具も独自のモノがあり、製作者の個性がはっきりと出ます。

用途
着尺地、帯地
変遷

紅型(びんがた)は、沖縄を代表する唯一の染物です。紅型は14世紀には裂が現存しており、起源は13世紀頃と思われます。

「紅」は色全般を指し、「型」は様々な模様を指していると言われます。

この定義をしたのは染織家で人間国宝の鎌倉芳太郎と沖縄学の父と言われる伊波普猷(いはふゆう)とする説がありますが、人間国宝で染織家の鎌倉芳太郎氏が1924年に初めて「紅型」という文字を使ったのが始まりとされています。

なお、それまでは「形付(かたちき)」、「形附」と呼ばれていました。

紅型は、当時の琉球王族・士族階級の女性および成人前の男子の衣装として作成され、文様に衣装を身に着ける者への加護の意味が込められています。鶴を赤や緑で染めたり、桜を黄色やえんじで染めるなど、非常に自由奔放な色使いが斬新で沖縄らしいとされています。

紅型の文様は、本土の影響を受け、友禅とモチーフが共通したものが多いとされていますが、ほとんどは中国の吉祥文様を図案化したものです。

紅型は、王府時代は首里を中心に大変栄えましたが、王府の廃止より衰退してゆき、さらに、第二次世界戦で壊滅的な危機を受けましたが、戦後、王朝時代からびんがた宗家として染物業に従事してきた城間家の城間栄喜と知念家の知念績弘により復興され現在に至っています。

紅型の技法は大きく分けて型染め、筒描きがあります。特徴は型の上から色を挿すのではなく、防染糊を置いて、糊の置いていないところに色を挿してゆきます。

地色には自生する福木(ふくぎ)などの天然染料を使用する事もあります、福木(ふくぎ)を用いて染めると黄色に染まり、昔から黄色は高貴な色で着用出来るのは王族のみと昔は決まっていました。それは、明るい黄色を皇帝の色と定めていた中国の影響だと思われますが、赤地や白地のものも染められています。

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